【京都】「秀吉の命令なので女、赤子までなで切りにして鼻をそぎ…」 朝鮮人からそぎ落とした耳や鼻を供養した「耳塚」で慰霊祭

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1 名前:樽悶 ★:2018/11/10(土) 22:16:47.54 ID:CAP_USER9.net
耳塚に花をたむける慰霊祭参列者(京都市東山区)
https://www.kyoto-np.co.jp/picture/2018/11/20181107190307mimitsula450.jpg

 豊臣秀吉が朝鮮半島に出兵した文禄・慶長の役(1592年~1598年)の遺跡(京都市東山区)。塚上に巨大な五輪石塔が立つ。

 戦功のしるしとなる首級のかわりに秀吉の将兵が耳や鼻をそぎ持ち帰り埋めたと「淀川両岸一覧」は記す。鼻塚ともいわれる。秀吉軍は朝鮮人の鼻と耳を切り取り、戦勝の証として塩や酢に漬けて日本に送った。高さ約8メートルの耳塚は、これらの耳や鼻を埋めた跡に秀吉が築いた。

 全国統一を遂げた秀吉は中国大陸への侵攻を狙い、朝鮮半島に出兵した。1592年の第1次出兵時の兵力は約20万人の大軍で、4月に釜山、6月には平壌を陥れた。秀吉軍が本格的に朝鮮人の耳や鼻を切り落とす行為を始めたのは1597年からの第2次出兵からという。

 秀吉軍の武将本山安政が残した記録には「秀吉の命令なので男、女、赤子までなで切りにして鼻をそぎ、毎日毎日塩漬けにし…」と記されている。はじめは首を切り落として送っていたが後に耳や鼻になり、樽(たる)で塩や酢漬けにされ、九州・名護屋を経由して秀吉のもとに送られた。

 耳、鼻の数で戦いぶりが評価されるとあって、秀吉軍の諸大名は競って切り落とした。

 秀吉は1597年に塚を築いた。このとき、僧侶約400人を呼んで供養を行った。

京都新聞 2018年11月07日 19時39分
https://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20181107000128

 豊臣秀吉の朝鮮出兵で犠牲となった人たちの耳や鼻を埋めたとされる耳塚(京都市東山区)で7日、慰霊祭が営まれた。韓国の伝統舞踊奉納や献茶があり、日韓の関係者ら約150人が参列した。

 韓国の社団法人「ギョレオル活動国民運動本部」が主催した。一昨年からは日本の僧侶も追悼に参加しており、今年は浄土宗称名寺(同区)の釋博信(しゃくはくしん)住職が祭壇前で念仏を唱えた。

 同本部の朴聖琪(パクソンギ)理事長らとともにあいさつに立った駐大阪韓国総領事館の呉泰奎(オテギュ)総領事は、日本と韓国の包括的協力をうたった「日韓共同宣言」発表から今年で20年の節目を迎えたことに触れ、「(日韓が)真の友となれるよう力を合わせていきたい」と語った。

京都新聞 2018年11月07日 19時40分
https://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20181107000135

引用元:http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1541855807

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